沿革と概要
寝台特急列車専用車両の登場
1956年に東京駅-博多駅間で運行を開始した「あさかぜ」は、登場時こそ京阪神を深夜に通過するダイヤ設定で物議を醸したものの、東京対九州での乗車率は好調であった。
名称の起こり
当初20系は、(東京対)九州方面の寝台特急列車のみに充当されたため、この車両を用いた列車は「九州特急」などと呼ばれ、その車両は固定編成客車と呼ばれた。
ニューブルートレインの登場
1970年、日本万国博覧会(いわゆる「大阪万博」)の開催に伴う輸送力確保のため、座席車として12系が製造される。
ブルトレブーム
1976年頃から1980年代前半までは、鉄道ファンを中心にブルートレインの撮影が流行した。
こういった一連の施策とファン達の動きは「ブルートレイン(略してブルトレ)ブーム」と称された。
平成以降の退潮
「北斗星」の成功の土台は、「あさかぜ1・4号」(運行当時)など、在来の東海道・山陽本線経由の寝台特急列車で試行されたものがあるが、14系・24系客車の老朽化もあり、1990年代半ば以降、前記施策の継承は、ほとんど見られなくなっている。
退潮の要因
退潮の要因については車両の老朽化や需要の定価など色々考えられる。